摩尼山吉祥院

沿革

吉祥院縁起

本院は、山号を摩尼山、院号を吉祥院、寺号を廣厳寺と称し、平安後期の天治元年(1124年)弘法大師14世法孫宥祥阿闍利により、茨城郡宍戸ノ荘山崎郷真家村(現在の石岡市真家字千本)に開山された真言密教の寺。

慶安元年8月24日(1648年)醍醐三宝院の直末として、徳川三代将軍家光公により、寺領を賜る(御朱印10石)。教学を教える談林で、新治四ヶ寺の一院で、門末21ヶ寺を有する本山として栄えた。
その後、幾度となく火災に合い、伽藍・宝物等を焼失。慶長3年(1598年)宥清法印によって現在の地に再建される。のち真言宗豊山派に加入(明治36年)、開山約900年の歴史を持つ由緒ある寺。現在ふるさと茨城路百八地蔵尊霊場第九十一番札所に指定されている。

正門側から見える本堂

吉祥院伽藍

本堂

現在の本堂は、約280年前の寛保3年(1743年)定行法印によって建立された。その後、幾度か改修される。最近では、現住職により平成年に屋根・内陣等の改修を行っている。(間口10間、奥行き間半の木造瓦葺)

 

廣厳殿
「廣厳殿」の名の由来は、摩尼山吉祥院廣厳寺の寺号からとったもので、真言宗豊山派の派祖である専誉僧正400年ご遠忌の記念事業として、平成19年に檀信徒の協力のもと客殿として建築された。
本堂と併用し葬儀・法事の際の活用ばかりでなく、檀信徒の信仰の道場として、また、やすらぎの場として活用されている。

 

薬師堂(地中薬師)

吉祥院がまだ真家村千本にあったころ、文明11年4月5日永井水正氏が薬師如来を当院に奉納する。これは、永井氏が、眼難治の際、常に薬王尊を信仰していたことによるものである。「眼の病気に悩むある日、夢に「巌の下より大変きれいな水が湧き出ている、この水で7日間眼を洗うと痛みが消える」という御告げがあり、実際に近くの巌の下より湧き出ている水にて7日間眼を洗うと不思議なことに眼の病が治り、前より良くなったという。この水が湧いている霊験あらたかな金谷の地に慶長7年4月8日、この薬師如来を移し、地中薬師と銘称す。その後、薬師堂が建立される。

■祈願 真言
オン コロコロ センダリ マトウギ ソワカ

本堂
廣厳殿
薬師堂

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